映画的な見方だと
キルドレ達の淡白な生きている感覚表現
それに伴う性行為の観念が中盤までの娼婦宿での行為や
ゲストハウスで「泊まっていってもいいんだよ」と誘うスイトの行動に表れているんじゃないかな

特にゲストハウスでの展開は原作と違って自分から積極的に服を脱ぎだすスイトの行動が
生きているようで死んでいる、死んでいるように生きている、だからここで成り行き的に肌を合わせても
変わるものは無いという演出ではないかと捉えられた
無論スイトとしてはクリタを愛していたという設定があるから、「誰でもってわけでないんだよ」という
メッセージを暗に送っているんだろうけど、結局あの後泊まったのかそのまま帰ったのかも判らない
そのどちらでも大して二人の関係が変わらないところで、キルドレにとってはセックスそのものは重要ではないって感じがした

だからそんな愛を感じさせないセックスを思わせる行動よりも、車中でのキスシーンの方がよっぽど熱っぽく感じるのは
古典的な表現ではあるがここでスイトとカンナミの二人が結びつきましたよって表現なんかなーと思った次第

だから何が言いたいかって

監督にとっての濡れ場はキスシーンだと思うんだよねぇ。やっぱ