エヴァの劇場版を見たのですが(観客層の観察も兼ねて)、結構変わってましたね。

意図的なものなんだろうと思うけれど、きちんと「社会」が描けていた。
え?何のことか解らない?まぁレイ(笑)とかアスカ(笑)目当てで
映画館に来てる頭の悪い90年代化石オタ(笑)には解らないでしょうね。(笑)

つまり、基本的にエヴァンゲリオンという作品は、主人公とその周縁的な人々
―テレビ版ラストの拍手してるシーンが象徴的ですが―しか登場しない物語なんですね。
例えば、「第三新東京市」では普段はたくさんの人々が生活している筈なのに、
物語中では都市を構成する市民の存在は描写されない。
あるいは、ネルフという組織は―その規模と重要性から考えても―、多くの構成員を抱えている筈です。
けれど、オペレーターの三人や、碇ゲンドウや冬月(でしたっけ?)だけがネルフの全てであるかの様に
これもテレビ版では意図的に描写されない。要するにシンジ君の知り合い以外は出てこないのです。

この徹底した社会描写の排除のお陰で、エヴァンゲリオンという作品は
その地理的空間的な世界観の広がりの割りに、ある種の閉塞的な内向性を獲得しているのですが、
要は、いわゆるセカイ系の走りみたいなことを「エヴァ」はやっていたワケです。

ただ、今回の劇場版リニューアルでは幾つか明確な変更点がありました。
具体的に述べると、正八面体の使途(名前は忘れました)が現れた場面で、
空港を背景にして、第三新東京市の市民の状態がはっきりと描写されます。
また「ヤシマ作戦」の会議で―テレビ版ではカットされていましたが―
ネルフの構成員が“顔つき声つきで”ミサトやリツコと同時に演出されています。
同様の演出は他にいくつも見られるので、ここまで来るともう明確でしょう。

と、まぁ十年を経た監督の新たな心境が演出として盛り込まれているわけですが、
果たして十年前にテレビ版を見たエヴァファンがそのことに気づけたかどうか。
未だにアスカやレイがどうのこうの言っている気がしてならない。苦笑