ラムのツノの処理の違いではなかろうか。
映画
あたる・ツノをおとす>やっぱりうちを思ってくれてた>ラム、あたるにだきつく
「一生かけても…」>好きと言わせることが主
「いまわの際に…」>目の黒いうちは誰が言うか
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原作
あたる・落としたツノをひたすら隠す>ラムがあたるをゆるす(?)OR何らかの覚悟ができる>あたるの胸に
「一生かけて…」>一生ついていく事が前提
「いまわの際に…」>あたるが肯定
「おぬしら…」>世間(まわりの)認知

ラム(女)の側からみれば、あたる(男)はしょうもない物を後生大事にかかえこんだ生き物。
ただそれを、(理解するのはまぁ無理でも)ゆるし、それごとうけいれなければ何年かの恋の相手なら
ともかく、何十年もの付き合いは無理。
かくしてラブコメとしてのうる星は終了。