秒速5センチメートルの意味について本気で考えてみた。

■仮説@
『登場人物の心の距離を表す意味』

途中、水野と呼ばれる女性から別れを告げるメールが届いているが、『3年付き合って、距離は1cmも近づけなかった』と言う描写がある。
パート1〜2まで見た人は分かると思うが、この作品で数多く取り上げられている距離を表す言葉は「心の距離」である。(パート3では直接的なニュアンスで書かれている)
パート1の明里との距離は秒速5センチメートル。
パート2の澄田との距離は時速5キロメートル。※重要
そして、パート3の水野との距離は年速0.3センチメートル程度(あまり使わないが)

さて、ここで一つ質問。秒速5センチメートルと時速5キロメートルはどちらのがどれだけ早いのか。
実際に計算してみよう、ここでは時速5キロメートルを秒速に直して計算すると。
500000(cm)/(60*60)=138.88....
四捨五入をして秒速139cm。

秒速5センチメートルと比べると27.8倍のスピード。

これは自分が考えでは、彼女たちとの心の距離を何かのスピードに比喩して表しているのだと思う。
ぱっと聞いた感じだけだと、秒速5センチの方が、時速5キロよりも早い印象を受けるが、実際を見てみるとその差は歴然としている。
作中での彼女ら一人一人の心の距離がこの数字に表されているとなると、主人公の取った選択は澄田と付き合う事が本当の幸せだと言えたのではないだろうか。


■仮説A
『明里との心が近づくスピードと、離れるスピードを表す意味』
仮説1の計算式を元に話を進めて行こう。

心が近づくスピードが秒速5センチメートルだとすると、彼らが心を近づけて行った距離は3年程度(高校の途中で手紙が途絶えた)
つまり3年間で473040000cm(473キロと400m)近づいたという事になる。

そして、心が離れていくスピードは秒速139cm。
つまり約3403165秒で今まで近づいてきた分がリセットされると言う事。
もっとわかりやすく言うならばたかが39日で、秒速5センチで近づいていた心が離れてしまうと言う意味。

しかし作中では今説明した『心が離れる』と言う意味通りではなく、切り替えの事を言っているのだと推測できる。
明里のスピードが、上記の様な速さで忘れる事が出来たのだとしたら、残る主人公のスピード。

そう、年速0.3センチメートルという非常に遅いスピードでなければ忘れられないと言う事。

この説は今時点で自分の中でかなり有力な説であって、まさに『女心と秋の空』を分かりやすく説明した映画だと思う。
確かに、女は過去の男はスパッと割り切ることが出来るが、男はそうではない、ズルズルと引きづってしまう傾向が強い。

そして、この主人公の様に「真剣で切実だっと重いが綺麗に失われている事を知り」の通り、いつもとても遅い時に気が付いて、失望する。
女性は早い段階でその事に気が付き、新たな道を歩んで行くのだろう。
3話の最後、フラッシュバックの様に明里と主人公の過去が映し出されるシーンがあるが
主人公は一緒に歩いていた澄田の事なんて目もくれずに、ゆっくりとしたスピードで彼女の事を忘れようとしていて、結果、幸せにはなれずに。
明里は一緒に歩いていた男の事を割り切って愛し、そして、幸せになれたのだろうと思う。



これほどまでに、男と女の違いを明らかにした作品はめったにないと思う。
長文になったけど、この作品はフリーランスのSEをやっている俺の中学時代を思い出させてくれて、とても共感できたし楽しかった。
またこういう映画が出てくれればいいのになぁ。