>>586
押井がどう思ってあのカットの構図を決めたのかは知らないけど、劇場一発目で観てそう直感したんだよね。
ああ、アレって素子がバトーの後ろからいつも見てるよ、それをバトーは感じてるから穏やかな表情振る舞い
なんだな、って。
前作で自称情報の海から発生した生命体と融合して、新しい何かにシフトした素子さん。しかし、人という
生命体であるがゆえに制約され続けたものを、(自称)上部構造へシフトする為に情報収集プログラムと
融合したことにより、また違った制約を受けることになってしまった。その制約ゆえ都市以外では著しく
自己を表現、維持することもままならなくなってしまう。トグサは人間らしく家庭を持ち緑溢れる郊外で
生活する。他人の家に上がってお茶を飲むような趣味がないバトーが帰るのは、情報とゴミで溢れた都市。
バトーが帰るのは、そこが自分の家だからというより素子がいる居心地のいい場所だから。

とオモタ。