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【ハリケンジャー】塩谷瞬、過去を語った

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0001石川賢人2008/08/17(日) 17:23:36ID:0aFOSEST
8月4日付 北國新聞より

『遠きにありて 俳優、塩谷瞬さん 金沢の文化つくりたい 憎んだ街、今は「原点」』
横浜・緑山スタジオの控室で、出番待ちの時間を台本読みに費やしている。母の死を巡る確執から、
長く会っていない父を病床に見舞う息子の役である。
●自力で生きる
 「十五歳ぐらいですかね。俳優という職業が自分の人生を打ち出せる、いろんな経験を生かせる仕事だと選んだのは」
 二十六歳にしては何とも生意気な口ぶりだ。が、背景には少年時代の複雑な体験があった。
 母がいなくなった理由は知らない。中学のころには父も蒸発した。新聞配達に始まり、スーパー店員や土木作業員などをしながら、
何とか自力で食いつないだ。そのころ、東京で行われたオーディションで特別賞を取った。
 直後に上京したが、明確な道を見通せず、アルバイトをしながら京都、大阪を転々とした。「もう辞めよう」とアメリカ行きの航空券を買った矢先、デビューが決まった。
 「ハリケンジャーという戦隊ものでした。全くの素人なので、どういうふうにしたら人を感動させられるのかをスパルタでたたき込まれました。やればやるほど子供たちの
歓声が聞こえてくる。これが今、いろんな映画のアクションにつながっているんだと思います」
=略=
 「ガキのころは国も街も憎んだ。でも十年たってやっぱり金沢は自分の原点だなあと感じるんです。だから、金沢のまちづくり、文化の創造にもかかわりたい」
 希望に満ちたその目には底知れない深さがあった。
0002名無しさん@お腹いっぱい。2008/08/17(日) 19:46:35ID:IgQDyoV3
>>1
古い記事でスレ立てんなカス
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